医学部進学と養育費,学費負担

大阪高裁平成29年12月15日決定(判例時報2373)

この事件は,私立大学医学部に通う申立人が,開業医である父親に対して,医学部進学後の学費を扶養料として払うように求める調停を申立てましたが調停は不成立となり,審判に移行しました。その審判に対して抗告されて出された高裁決定です。特殊な事案ですがその判断方法自体は参考になるものです。

子が成人した後の扶養の請求
親が子を扶養する義務は子供が成人に達すると無くなるはずですが,大学生は成人になっても学業のために独立して生計を立てることができません。その場合,扶養の義務者(たいていは別居中の父親であることが多いでしょう)の承諾があれば,大学卒業までの間も扶養料を請求することができます。したがって,承諾したかどうかが大きな問題となります。
この事件では,父と母の離婚時に,父が医学部を含む大学卒業までの扶養義務を履行することを合意していたと認められ,私立大学の医学部に進学した場合には養育費とは別に大学在学中の費用をできるだけ負担すると申し出ていると認められました。また,高校卒業後の進路について相談を受けた際に医学部への進学に賛同したことや,父親が開業医で高額な収入を得ている状況に変わりがないことも考慮されました。

事案

父は医師で,母は薬剤師で,子供は二人である。父に不貞があり,父が医院を開業した後に別居しました。
父と母は調停で離婚しました。その調停条項には次のように定められていました。
1 父は母に対し,子らの養育費として大学を卒業するまで,一人毎月25万円を支払う。
2 父は母に対し,子らの養育費(一時金)としてそれぞれ500万円(合計1000万円)を支払う。
3 父は,子らが私立大学医学部に進学することを希望する場合は,子らが直接父に対しその旨を伝え,その入学金等上記の養育費で不足する額の負担につき,子らと協議する。
4 父は母に対し財産分与としてマンションの持分2分の1を分与する。
5 父は,母がマンションに居住することを認め,住宅ローンを責任をもって支払い,父の共有持分を将来母に移転することを約束する。マンションの管理費,共益費,
固定資産税は母が負担する。
父は離婚から7ヶ月後に再婚し,再婚後は子らとの交流を拒否するようになり離婚の翌年,養育費の減額を求める調停を申し立てましたが審判で却下されました。

札幌高裁決定

これは長男(私立医学部生)が申立人となり父親を相手として医学部進学後の学費を扶養料として払うことを求めた審判について抗告された事件の高裁決定です。
(父親が医学部に進学した子に追加費用を負担する意向を有していたか)
「・・・本件協議条項の文言に加え,本件協議条項を合意するに至った経緯,父親の属性,長男の進路等に対する父親の意向等を総合考慮すれば,父親は,本件離婚当時,長男が私立大学医学部への進学を希望すればその希望に沿いたいとし,その場合,養育費のみでは学費等を賄えない事態が生じることを想定し,父親からの申出により一定の追加費用を負担する意向を有していたと認めるのか相当である。」

(扶養料分担義務の始まる時期)

この点については,父親が再婚後は子らとの連絡を拒否し,面会申入れも拒否したことなどから,長男が父親に対し医学部への進学後速やかに学費等について父親と協議しなかったとしても,扶養料分担義務の始期を同月より後らせるべきではない。したがってその始期については,本件医学部進学の月とするのが相当である。としました。

(父と母が分担しあう扶養料の範囲)

この事件では,養育費のうち,私立大学の学費等,標準的算定方式によって算定される額では賄えない部分のみを,扶養料として,父親と母親がその状況に応じて分担し合うこととするのが相当であるとされました。
つまり,通常では養育費というと子供の食費など生活費全般が対象になるはずですが,この事件では私立大学医学部という特殊な部分のみの分担を対象にするということです。
そして,具体的には,学納金3141万円(卒業までの6年分の学費)のほか会費等を含めた額である約3200万円から,公立学校の教育費相当額約200万円(年額33万円程度の6年分)を控除した3000万円を,父親と母親が分担するとされました。

(分担割合)

父親の年収は約6100万円,母親の年収は約650万円とされました。この年収のほか長男と母親が管理費の負担だけでマンションに居住できているという生活状況等を考慮して,父親と母親の分担割合は4対1とされました。

(父親の分担額から控除されるもの)

母は離婚時の合意により,長男の養育費に加えて同人の養育費の一時金500万円を受け取っているがこれは大学受験を控えた長男の学費等に充てられるべきものである。
父親は,長男が高校卒業から大学入試までの2年間の浪人中も長男の養育費を払っているが,長男が大学進学のために二浪することまでは納得していなかったといえる。このことを考慮して浪人2年目の分の長男の養育費300万円(25万円の12ヶ月分)については,父親の分担額から控除することとする。
本件では長男の養育費の月額25万円が子二人の月額合計の上限額(標準的算定表によれば一人当たり月額18万円)を上回っており,この養育費の額には私立大学にかかる費用の一部も一定程度考慮されていることをも考慮すれば,本件医学部在学中の6年間,月額10万円程度の合計720万円を控除する。
以上の合計1520万円を控除する。
結局,父親は3,000万円の4/5である2,400万円から1,520万円を控除した880万円を6年間で払うことになり,一年間に約150万円を支払うことになりました。

(考察)

医師の場合,高額所得者も多いので,養育費や財産分与も通常の離婚の場合とは全く違う金額になることもよくあります。そしてこの事件では子供が医学部に進学するという特殊な事情もありとても高額になりました。こういう事件は結果の違いが大きく,離婚事件は若い弁護士もやりますが,経験と努力が伴わないと結果に差が出たり,解決のために無駄な時間を費やすことになりやすいです。