婚姻費用と事情変更の一例

婚姻費用減額申立が却下された例

令和2年2月20日大阪決定 判例時報2477号
家庭裁判所の審判で婚姻費用が決められた後、仕事を辞めたけれども婚姻費用の減額が認められなかった例を紹介します。

事案

夫婦は平成23年に婚姻した。
平成24年に長女が生まれた。
平成28年1月に妻が家を出て別居が開始した。
平成28年12月に婚姻費用分担調停事件につき家庭裁判所で審判が出された。審判で認められた婚姻費用の額は月額6万円でした(問題になる時期の婚姻費用)。
平成30年4月まで夫は決められた婚姻費用を払っていたが5月から支払をしなくなった。
平成30年10月、夫は婚姻費用を0円に減額することを求める調停を家庭裁判所に申し立てた。

夫が婚姻費用減額を求める理由

長女と会えないことや妻と複数の裁判を抱えていることから精神的に疲弊した。
平成30年4月28日、5月9日、10月4日にメンタルクリニックを受診して薬の処方を受け、「抑うつ状態であり9月1日から10月30日まで休業加療が必要である。」との診断を受けた。
平成30年10月、夫は13年間勤務していた会社を自主退職した。
平成30年11月16日、平成31年4月10日、4月23日、令和元年5月7日、6月13日、6月19日もメンタルクリニックを受診して、5月7日付けで「気分変調症(慢性の抑うつ状態)であり離婚後子どもに会えないという心理環境因がある。うつ状態の持続から一般就労は困難な状態である。」との診断を受けた。

その他の夫に関する事情

平成30年12月から某社との間で短期雇用契約を締結し、令和元年6月までの間、月に0ないし数日程度、業務に従事した。
平成31年4月に第一種衛生管理者の免許を取得し、令和元年6月に某社に雇用され週に2時間程度、衛生管理の業務に従事している。
資格取得のための勉強をし、短期訓練を受け、複数の会社に求職活動を続けていたがほとんどが不採用だった。

一審・家庭裁判所の判断

一審となる家庭裁判所は、事情変更があるとして夫がした婚姻費用減額の申立を認め、従前の収入の6割の収入を得られる蓋然性があるとして、婚姻費用をそれまでの月額6万円から3万円に減額しました。

大阪高裁の判断

大阪高裁は夫の申立を一切認めず申立を却下しました。
家裁が事情変更があると認めた同じ事実に対して高裁は事情変更を認めませんでした。高裁の厳しい判断の一部を紹介します。
・夫は4月21日に医師の診察を受け始めた。夫は長女と面会できなくなったためうつ状態に陥ったとするが長女とは同月30日に面会した後面会できなくなったのであるから主張は矛盾する。
・夫は医師に診断書の作成を依頼し、抑うつ状態のため休業加療が必要である旨記載された診断書の交付を受けたが、いずれの診断書も具体的な症状が全く記載されていないし、夫の主訴に基づいて作成されたと推認されるから、これらをもって夫が実際に休業加療を要する状態にあったと認めることはできない。
・夫は、約5カ月間受診しなかったが、調停が不成立になり審判手続に移行した約半月後に診察を受け、診断書の作成を依頼した。しかし、この診断書にも具体的症状は全く記載されておらず、どの程度就労が制限され、どのような形態であれは就労可能であるのか明らかでない。このような診断書の作成時期、経緯及び記載内容からすれば、夫は本件審判手続において自己に有利な資料として提出するために上記診断書の交付を受けた疑いなしとしない。この診断書をもって抑うつ状態のため定職について継続的に勤務することか困難な状態にあると認めることはできない。
・夫は、自主退職後、散発的ではあるもののA、B、Cに勤務して給与収入を得るかたわら、平成31年春ころには第一種衛生管理者の免許等を取得し、令和元年秋ころにはD大学(通信教育過程)の入学試験に合格し令和2年4月に入学する予定である。
・夫が就労困難でないことは、夫が令和元年8月以降は受診も服薬もしていないうえ、同年9月の審判期日において、妻との審判等がなければ身体、精神上特段の問題はない旨陳述していることからもうかがえるところである。
・夫が審判で定められた婚姻費用分担金を支払っていないにもかかわらず大学の入学金及び20万円もの学費を納入したことは、婚姻費用分担義務より自らの希望を優先させるものであって不相当であるといわざるを得ない。

高裁の結論

これらの事情を考慮したうえで高裁は次のように結論を出しました。
夫は、前件審判後、断続的に医師の診察を受け、会社を退職してほとんど収入がない状態となっているが、自らの意思で退職した上、退職直前の給与収入は前件審判当時と大差はなかったし、退職後の行動をみても、抑うつ状態のため就労困難であるとは認められないから、夫の稼動能力が前件審判時と比べて大幅に低下していると認めることはできず、夫は、退職後現在に至るまで前件審判当時と同程度の収入を得る稼動能力を有しているとみるべきである。したがって、夫の精神状態や退職による収入の減少は、前件審判で定められた婚姻費用分担金を減額すべき事情の変更ということはできず、夫の本件申立は理由がない。

解説

婚姻費用を一度決めても、その後、当事者の経済状況の変化などの事情の変更があるときは、婚姻費用の金額が変更されることがあります。
事情の変更とは、以前に婚姻費用の合意や調停・審判がされたときに考慮された(基礎とされた)事情が、その後に変更になった結果、以前の合意・調停・審判が実情に適さなくなった場合を意味します。
もう少し具体的に言うと次の4点を満たす場合に事情変更ありとされます。
1以前の合意・調停・審判の前提となっていた客観的事情に変更がある
2その事情変更を当事者が予見できなかった
3事情変更が当事者の責めに帰すべからざる事由によって生じた
4以前の合意・調停・審判のとおり履行させることが当事者間の公平に反する
これらの要素を総合的に考慮して判断されることになります。この事件でも家裁はやさしく、高裁は厳しく判断したことで分かるように、判断の分かれることのある難しい事件の一つです。

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